06.

 英国紳士の彼はともかく、根無し草の方がここに来なかったのが奇妙だった。
 普段なら一週間に一回は借金を申し入れてくるのに、私の作成したあれを渡してから二週間近くも顔を合わせていなかった。
 あの要領の良いやつが今更野垂れ死ぬ訳がない。別に来たくないのならそれで構わないが、そのような行動は試作機の使用感想を話してからにして欲しかった。あれは暇つぶしも兼ねて作成したものだが、出来たものはより高性能にしたくなるのが開発者の性である。使用後の感想と要望は聞いて損はないのだ。
 だが根無し草は一向に現れない。
 そのうち三週間が過ぎて、英国紳士の方が私の家にやってきてしまった。

「博士、これは一体何なのですか」
 挨拶もそこそこに、彼は切り出した。私は用意した言葉で簡単に説明する。
「私が作成した人格プログラムです。改良の余地を探るため、持ち運びの容易な簡易版で試して頂きました」
「そこではありません。これは、あれの名前を使っていました」
 あれ。
 この男は初対面から今まで、あの根無し草の名前を口にしたことがなかった。
 だから彼に渡した方の人格プログラムの名は“ヴェルヌ”。
 奔放で歯切れのいい言葉を発する、あの男に似せて作ったAIだ。
「気に障りましたか」
「いや、そういうことではなく」
 少し口ごもってから、彼は頭に手をやって苦笑した。
「まさか、あのような形で兄弟の会話をするなんて、考えていなかったものですから」
 ……泣いているのかと思えるほど、彼の声は震えていた。両目は乾いていたが、喉は忙しなく上下していて嗚咽を堪えるような声音になっている。普段の冷静を絵に描いたような彼からは想像もつかない感情の発露。小さな動揺は、彼に何か影響を与えた証拠なのだろうか。
「博士、お願いがあります」
 震える声を正す暇もなく、彼は私に懇願する。
「あれを、私に譲ってくれませんか」
 私は息を呑んだ。多くを語らない彼がそんな事を言うとは思わなかったのだ。それに、あれを欲している理由は火を見るよりも明らかだった。彼は、きっと――
 私は口にしようとした言葉を全て飲み込んで、事務的に対応した。
 開発者として、他人として、そうしなければならなかった。
「私はあれをもっと高性能なものにしたい。貴方がそれに協力してくださるのなら、あれを差し上げましょう」
 彼は二つ返事でこれを了承した。