03.

 雨がしとしとと地面を濡らす日、彼は私の家にやってきた。ノックは三回。ドアが開く様子はない。またノックが三回。彼は開錠術など知らないので、私が開けなければ大人しく去っていくだろう。
 私は玄関の鍵を開けて彼を出迎えてやった。

「ああ、居たのか」

 彼の愛用するシルクハットもスーツの上に羽織ったコートも水滴が滴っている。英国紳士は傘をささない。防水加工もその為の防備なのかもしれない。
 彼が紳士を気取るのは外面だけの話で、実のところかなりの身内びいきだ。彼が私のところに来る理由もそれに根差している。
「それで、今月あれはどれだけ借りたんでしょうか」
 埃だらけのソファに座らず立ったまま話す彼は、身内の尻拭いの為だけにここに来ている。私に音声データを提供した根無し草はその事を知らないが、この紳士が来ていることは知っているらしい。幸いなことに鉢合わせたことは一度もなかったが。
「幾らか貸しましたが、今回金は要りません。代わりに貴方には提供してほしいものがあります」
「あれが貴方のデータに関する重篤なミスを犯した、ということですか」
「いいえ、そういう訳ではありません。私の独断ですので、貴方が嫌なら断って頂いて構いません」
 私はあの音声データをプログラムに取り付ける過程で、ミスを犯したことに気付いた。今まで音声など採取をしたことがなかったから、語尾や音程などの細かい波長に気を配らなかったのだ。これでは声がぶつ切りになってしまう。
 だから、私は彼に音声の提供をお願いした。兄弟であれば差分はあれど声質は似ているだろうと踏んだのだ。
 紳士を気取る彼は、あっさりと承諾してくれた。根無し草のときとは違い、一日で済んでしまうくらいの修正だったのが幸いした。何より彼は、身内を引き合いに出されると即断即決で首肯してしまう。それは彼の美点であり欠点だった。

 何はともあれ、これで私のプログラムは完成間近にまでこぎつけた。