「怖い、怖いよ、遊星は何を連れてるの?」
 走り去る小さな身体を見つめる目は、何かを諦めたかのように伏せられていた。







 昼。
 グラウンド隅の古ぼけたベンチ。
 俺はそこに座り弁当を食べ、ジャックは後ろでつっ立っていた。

「……さっきのは気にするな。ラリーは悪意があってああ言ったんじゃない」
「分かるさ。俺は感情の機微に敏感なんでな」

 俺達は視線を交わさない。俺が振り向いたところでジャックはこちらを見ないだろう。
 声にいつもの張りがなくて、代わりに悲哀が溢れるくらいに注がれている。

「この身になってから価値観が変わった……物欲が失せたんだ。その代わり、俺はどうも“他者からの応答”を欲しているらしい。金品への執着がごっそりそれと入れ替わって、意識に残ったのは寂寥ばかりだ」

 すらすらと語るのは幻の唇。淀みない口調は声音さえ正常であれば右から左に聞き流していたかもしれない。

「応答を欲していた俺は、知らず他人の反応に鋭くなっていたらしい。さっきので気付いた。嫌なものだ」

 ジャックは後ろから背もたれに寄りかかった。ベンチが軋まないのが不思議だった。

「まったく、幽霊は不便だなあ」

 嘲笑を混ぜた声で呟かれても、そうだなと頷けなかった。
 難解な言葉を並べ立てて真意をぼやけさせようとしても無駄だ。
 俺はしっかり、言葉の表裏を受け取った。

「……ひとりきりは、つまらないからな」

 思い出すのは、立ち昇る熱気と湧き上がる陽炎。隙間から現れた薄い金髪は、どれだけの間あそこで風雨に晒されてきたのだろう。
 アスファルトにひとり残され、こいつは何を考えていたのだろう。

「あまり同情するな。俺はともかく、他の奴はそういうところに付け込んでくるぞ」
「安心しろ、生まれてこのかた霊なんて見たことなかった」

 過去形なのはもちろん、今だけはジャックを視認できるからだ。
 俺はどうも鈍いらしい。今のラリーのように外界に敏感な時期でも何もなかった。多分これからも何もないだろう。後にも先にも、例外はこいつだけだ。
 他者からの応答を欲しがるジャック。
 精神だけが一人歩きして求めるものが自分以外の声、感情だなんて。
 ジャックは孤独だったのだろうか。
 それを思うと胸が苦しくなる。しかし同時に笑いたくもなった。





 切なくて馬鹿らしい。
 幽霊になってまで此処に留まっているのは、ごくごくありふれた理由だったんじゃないのか。





「お前、働いてたのか」
「大学に通っていた」
「バイトはしていたのか」
「色々とな。高校生にはできないこともしていたぞ」

 下らない雑談。教室で誰もがやるだろう、すぐに忘れてしまいそうな日常会話をした。
 実にもならないような質問を投げては受け取った。





 他人との瑣末な交流。
 多分それがこいつの望みで、こいつの未練だ。





「………………ああ、眠いな。喋りすぎたか」
「霊も眠くなるのか」
「そうらしいな」








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