現在、客足も途絶えた夜八時。
 俺は暇を持て余し、商品の整理をしながらこの男の話を聞いている。


「Jだ」
「ジェイ?」
 相変わらずぷかぷか宙に浮いてるこいつは、こめかみに指を当てながら、ううん、と唸った。
「Jから始まるような気がする。記憶が曖昧なんだ。この状態になって日が浅いせいだろう」
「浅い……具体的にどれくらいだ」
「さあな」
 J、か。やっぱりというか分かりきっていたというか、八割以上の確率で日本人じゃないな。




 俺に憑いて離れない男。
 そいつに名がないのに気付いたのは、今から数時間前だ。同時刻に本人が覚えていないと自白した。
 余談であるが、俺は気になったものの名前を把握したがる性分だった。初対面の人間だったら名を尋ねるし、気になる雑草があったら図鑑を開いて調べ尽くす。まして成り行きとはいえ、ひとつ屋根の下で暮らす間柄だ。ここまできてあいつとか金髪とは呼びたくなかった。




「J……ジョイス、ジョージ、ジェバンニ、ジャスコ」
「百貨店のオーナーになった覚えは無いぞ」
「候補に上げただけだ」
 とはいえ英語の成績が凡々な俺ではJで始まる単語のレパートリーすら貧困であった。
「ジャンボ、ジェット……ジェットって良くないか」
「それは俺の名じゃない」
 わがままなやつめ。
 ああ、だんだん面倒になってきた。いっそ太郎とでも命名してしまうか。いや、投げやりになるな俺。考えれば先に進めるはずだ。
 がらがらとカートを押して酒類コーナーの陳列を始める。仕事には真面目に取り組まなければ、手痛い思いをするのは俺自身だ。
 ワンカップやら鬼ごろしやらを奥から綺麗に並べていく。日本酒は凝った名前が多く、見ているだけでも飽きが来ない。カートから出した洋酒のひとつ、黒いラベルの貼られたウイスキーを何の気なしに眺めていたら、ちょっとびっくりした。




「ジャック」


 琥珀色の液体が詰まった酒瓶、商品名には白抜きでJack Daniel'sと印刷されている。
 ジャックか、うん、なかなかしっくりくると思うのだが。
「ジャック、ジャックか……うむ、それかもしれない気がしないでもない」
 じゃあ決定だな。やっとすっきりした。
 相手が幽霊であっても目に見えて言葉が通じれば立派な一個人だ。しかもそれを同居人と定義した時点で名無しではいられない。性分ゆえのもぞもぞ感も無くなった。この男はジャックだ。


「ジャック」

 聞こえているだろうに、ジャックは口を結んで鼻を鳴らした。
 地面に足を付けて仁王立ちしていると、生きた人間と何ら変わりないように見える。









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