11.

あの根無し草に渡した人格プログラム“アーサー”は、柔らかな物腰で丁寧な言葉遣いをするAIだった。
彼らが去ってから中身を確認してみると、電池残量はゼロ、底が干からびるほど頻繁に使用していたのが伺えた。

アーサーとヴェルヌ。
彼らから取った、私の作品の名前。
瑣末なおせっかいから作られたそれは、あの紳士の手伝いもあって高度な知能を持つAIにまで成長した。返答しかできなかったプログラムは、今では自分で会話文を作り出し喋ることも可能だ。
他人を信じることができない弟と、約束を守ることに固執する兄。
その二人を種にして生みだされたふたつの知能は、私の手の中にある。
互いが互いを欲する、感情とも呼べない奇妙な相補性を持った不思議なAIたち。

彼らが消えてから一ヵ月後、私はそのプログラムを完成させた。
口調は意図的に改変し、ヴェルヌの荒っぽい喋り方は比較的丁寧なものに変更した。
私は何度か、アーサーとヴェルヌを向かい合わせに設置して会話させる実験を試みた。AI同士でも会話が成立するのか確認したかったのだ。
私が作ったプログラムは、予想外の会話を紡いでいった。
長年付き合いのある兄弟のような、和やかなようでどこか調子っ外れの対話。アーサーが話を振ればヴェルヌが話の方向を変え、ヴェルヌが喋ればアーサーは黙る。
彼らが本当の意味で和解したら、きっとこんな風に会話するのだろう。
想像するのは容易く、それが微笑ましくもあり、同時に胸が痛くなる光景でもあった。
あの兄は、弟を捕まえるのに成功したのだろうか。捕まえられたとして、間違いを正すことはできたのだろうか。あの根無し草は兄を信じられるようになっただろうか。紳士を気取る兄は弟の舵を上手く操れるだろうか。
私の作ったAIは、彼らの理想の具現だ。それゆえ、現実の私は目を逸らしたくなる。
……本物を知っているからこそ、これは違うのだと破壊したくなってしまう。

私は人格プログラム“アーサー”“ヴェルヌ”を売った。商売相手は世界でも有数の資本企業で、軍や国家とも繋がりがあるという。
しかしそんなことはどうでもいい。私の手元から『理想の彼ら』は居なくなった。
だから私は本物の二人を待てる。あのAIのように和やかにはいかないだろう二人が、互いの想いに気づくまで。私に連絡をよこす勇気が湧き起こるまで。ずっとずっと待ち続けられる。



さて、奇麗事なぞに生きていない私だがAIを売却するに当たってひとつだけ条件をつけさせてもらった。我ながら感傷が過ぎると笑いたくなるようなくだらない条件を、だ。

「このAIは二つで一つの役割を果たします。互いに足りない部分を補えるような機能を有しているのです。だから一緒にいるようにさせて下さい。機能低下を引き起こしたくなければ、決して引き離すようなことがないように」

それは嘘と真実が半々の説明だった。補い合えるような別視点を持つのは真実だったが、常に一緒にいる必要性は低い。しかし現実がああだったのだから、これくらいの嘘は許してほしいものだ。
私はただ、彼らに幸せになってもらいたかっただけなのだ。
それが人間でもAIでも何一つ変わらない。
落ちた卵のように片方がぐしゃぐしゃに破綻しても、片方がその破綻を補ったり修復したり、互いが互いに対して必死になる。
そんな彼らだから、どんな形であれ共に在って欲しいと願ってしまうのだ。
他人である私が知っているのはこれくらい。あとは、当事者達の働きに期待しよう。