ずいぶんと長い間、立ち止まっていた。
 戻らない過去ばかり見つめるのは似合わない。顎を引いて未来を見据えるのが本来の俺だ。後ろを振り返るのは性に合わない。
 そろそろ現実に視線を合わせよう。
 今の俺なら新しい遊星を受け入れられる。








「もう来てくれなくてもいい」

 耳に入って脳に到達するまで数秒。最初に浮かんだ言葉は、なにを言っているんだコイツ、だった。脈絡がなさすぎるぞ。

「何故だ」
「なんだ、話せば出ていってくれるのか」
「場合によってはな」

 婀娜っぽく笑う遊星に俺は無表情に切り返す。絶交宣言を笑って聞き流せるのは俺じゃない。それに俺はこいつが嫌いじゃないんだ。なのにはいそうですかとイエスマンを気取る気はさらさらない。

「で、理由は?」
「彼女が出来た」
「嘘だな」

 俺を出し抜けると思ったのか。睨んでも返ってくるのは薄い笑みだけ。こいつ、どこでそんな処世術を覚えてきたんだ。

「本当だ。髪が長くて細身でイイ性格をしている」
「嘘の上塗りは見苦しいぞ。まだ言いたいのなら、俺の目を見て話せ」

 上がったままの唇はこちらを向かない。徹底して俺に反抗するつもりか。

「遊星」

 一言。それだけで遊星の表情が変化した。

「呼ぶな」

 笑みが一転して消え失せる。こちらに向けられた目には色がない。

「俺は遊星じゃない」
「……何を言っている。お前は遊星だろう」
「違う。俺はお前の知っている遊星じゃない」

 ぎゅっと眉を曇らせる。久しぶりに見る目の表情だ。遊星はよく笑う奴になったが目まで笑っていることは少なかった。この目は以前の遊星の表情にちょっと似ている。

「だがお前は遊星だ、俺が間違えるはずがない」
「遊星の皮を被った別人かもしれない。よく似た他人かもしれない。お前だって何度も疑っただろう、こいつは本当に遊星か、って。それが正解なんだよ」
「……遊星」
「呼ぶな。俺が嫌いなんだろう。俺じゃない俺の名で呼ぶな」

 言葉が消えた。
 俺がいつ、嫌いなんて口にした?

「誰が言うか」
「言わなくても分かるさ。お前、俺が名前呼んだら泣きそうな顔してたくせに。遊星を思い出して俺を見なかっただろう」

 図星だ。ああ、図星だとも。
 俺は確かに、こいつを見ては昔を振り返っていた。しかし今は違う。だって俺は、傷付いて俯く遊星を笑わせたいと思っている。






「好きだ」

 膝を折って、しっかり遊星と目を合わせる。

「遊星、俺はお前が好きだ」
「それは俺じゃないだろう」
「いいやお前だ。良く回る口と生意気な目はお前だけのものだ。いっそ愛していると言い換えてもいい」

 遊星は唖然としていた。だが断言する。俺の本気は曲がらない。
 以前の遊星とは逆で、嘘も真実も一緒くたに吐き出す口は目が釘付けになる。柔和そうに見えてその実鋭い目は魅力的だ。ほらみろ、やっぱり俺はお前が好きなんだよ。

「お前が俺を嫌っても、俺は好きだ。これだけは否定させん」

 以前のお前は俺を追いかけていたな。なら今度は俺が追いかけてやる。狩る側に回った俺は何でもするぞ。覚悟していろ。





 いつかその口、前言撤回の言葉で埋め尽くしてやる。














遊星くんの性格が妙にシニカルなのは無意識の自己防衛。本当は素直ないい子。
追いかけるジャックは格好良さそうだと思った。




08/06/30〜07/03