耳障りな音を立てる扉の向こうに、遊星の眠る部屋がある。
 月が天の頂に昇る頃、俺はそこを訪れた。
 息を潜めてベッドに近付く。静かに呼吸を続ける寝顔。
 俺はずっと、遊星の瞳を見ていない。
 起きている遊星と顔を合わせていない。
 名も知らぬ病で全てを忘れた遊星、それが今の遊星。だから俺はこいつを知らない。



 こいつがこうなってから、ラリーは小さな花を摘んできては部屋に飾った。ナーヴとタカは働けない遊星の食料を確保し、ブリッツは話し相手になっているという。俺は何もしていない。ただ全て忘れた遊星と、会いたくなかっただけだ。
 俺は安心した。寝顔は変わっていない。機械を弄ってカードを捲っていた、あの頃と同じだった。
 頭を撫でて頬に触れる。俺はそれしかしない。遊星でない遊星に、それ以上のことはしてはいけない気がした。
 遊星は眠る。過去を燃やし未来の光明もなく、無垢を抱いて眠り続ける。
 泣きたかった。俺を忘れたのかと問い詰めたかった。けれど怖い。お前は誰だ、と尋ねられるのがとてつもなく怖かった。



 両手で遊星の耳を覆う。深く眠っているのだろう、触れても微動だにしない。そのほうが好都合だ。

「遊星」

 誰も聞いていない。此処に居るのは眠っている遊星だけ。誰も非難しないし憐れまない。脳で知覚されなければ意味ある言葉だって無音と同じだ。
 だから俺は紡ぐ。
 此処以外では発さないだろう、幸せだった過去の名を。




 ゆうせい。















 ラリーが来た。なにかを置いて出ていった。
 ブリッツが来た。しゃべって出ていった。


 白。
 おれは白くなったんだとブリッツが言っていた。まっ白になったからここにいる。ここはどこなのだろう。
 色がたりない。
 明るくなってから暗くなるまで、おれはそんなことばかり考えている。たりないもの。なんだろう。
 ここは灰色ばかりだ。
 楽しくないし、すこしさみしい。
 ラリーやブリッツに言ったことはない。けどつまらない。音がない。おれには灰色しかなかった。
 それがさみしくて、だからおれは目をとじる。
 夜はとてもさみしい。




 かおがあたたかい。だれかいる。夜なのに。
 ラリーより大きい手だ。知らない手。だれなんだ。
 手がうごいた。するするのぼって耳の上。だれだろう。目をあけたい。



 ゆうせい



 声。ブリッツより重い声。



 ゆうせい



 誰。だれ。さみしい声、だれの声。知りたい。
 ねむいけれど目をあけた。暗い。けれどだれかは暗くなかった。
 だれかは金で、白で、さみしくなかった。暗いのに明るい。光っているみたいだ。




 ああ、見つけた。
 さがしていたおれの色、やっと、来てくれた。