唐突に暑くなった七月上旬。
 陽炎の歪みから現れた何かに、俺は付きまとわれている。






「……ストーカー?」
「んな訳あるか馬鹿者」

 偉そうにふんぞり返る男は流れるような日本語で返答してきた。明らかに天然モノであろう金髪と砂浜に似た白い肌。一目で欧米人だと目星を付けていたのだが、どうも違ったらしい。

「では何故ついてきた」
「知るか。貴様と擦れ違った途端に離れられなくなったんだ、どうしてくれる」

 金髪の男はソファにでも座っているかのように足を組み替えた。しかし俺の部屋は総畳敷きで、椅子といえば座椅子くらいしか置いていない。つまるところこの男は空気椅子をしているのだ。感心するくらい見事な反りっぷりだが、別に手を叩く必要は無い。
 だってこいつ、宙にぷかぷか浮くような存在なのだから。

「南無阿弥陀仏、菩提薩婆訶、臨兵闘者皆陣列在前」
「念仏も般若心経も九字も、ついでに言うと聖書も効かんぞ俺は」
「……悪霊?」
「違うわ」

 人の美醜に疎い俺でも整っていると分かる顔。これで女だったら西洋の淫魔そのものだろう。それでも俺の食指が動くとは思えないが。

「人が考え事をしていたところを強引に連れ出したのは貴様だろう、責任取れ」
「何だと自縛霊」
「反論できるのか誘拐犯」

 ずいぶん弁の立つ幽霊だな。不動明王に踏まれればいいのに。
 あと除霊の役に立ちそうなものは何があったか。盛り塩は却下だ、貴重な調味料をこんなことで使えない。しょうがない、気休め程度に御題目でも唱えとくか。












 俺は机に向かい、男は空気椅子を続けていた。
 半透けのくせに呪文全般が効かないとは、こいつ生前は無神論者でも気取っていたのだろうか。死後になって弊害が露わになるとは、なかなかに哀れではあるが同情する気はさらさら起きない。



「おーい遊星、居るか?」

 安普請を震わせる表の声。ああナーヴか。腰を上げて玄関に向かうと後ろからあの男が付いてくる。そんなことは気にせずに扉を開けた。

「借りてた本、返しにきた」
「ああ……上がってくか?」
「…………いや、いい」

 日向は相当暑かったのだろう、汗をだらだらと流すナーヴは何やら不思議そうな顔で俺の部屋を見回していた。視線の先にはあの男が居たのだが、残念なことに脳に知覚されなかったらしい。

「遊星、クーラー付けたのか」
「いや」
「だよなー……いや、この部屋涼しい気がしたんだけど、日陰だからだよな。うん」

 身体壊すなよー、と一言置いてナーヴはあっさり帰った。受け取った本を棚に戻し、再び机に向かう。そのとき、ふと窓に目がいった。鍵が掛かっている。からからと開けて外に手を伸ばすと、肘から先がむわっとした空気に触れた。部屋の中に引っ込めるとその暑さは感じない。まるで膜でも張っているみたいな、明らかな温度差だった。
 ナーヴの違和感も頷ける。俺の部屋には扇風機しかないし、まだ押入れから出してもいない。
 そして夏場の妙な涼しさの原因といえば、大昔からの通例からいってひとつしかないだろう。

「お前、もう少しここに居ていいぞ」

 天然のクーラーが、そっぽを向いて腕組みをした。








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