eyes
焦点が合わないほど接近すれば、顔の造りなど判別が付かなくなる。
しかしハンス・ルーデルの場合、近付こうが離れようが必ず目につく部品があった。
一見すると冷徹に映るだろう、切れ長の双眸がそうだ。冷気に澄み渡った大空の青色。睨み付けられれば石化し、凝視されれば熱を感じてしまうほどに強い視線。痛いなんてものじゃない、下手すれば溶解してしまう。
彼の目はそれほどに強烈な代物だ。
「ハンス」
唇を重ねたまま言葉を紡ぐ。目蓋越しにちくちくとした刺激を感じる。視線に力があるなんていうのは錯覚だと思っていた、彼と会うまでは。
「目を閉じてください、ハンス」
「何故」
触れ合わせたままの唇から伝達される疑問符。発音するたびに呼吸が注ぎ込まれ、舌の動きがダイレクトに伝わってくる。熱い、のだと思う。随分長く触れ合っていたから互いの体温が混ざり合って、熱いか冷たいかすらも分からなくなっていた。
「貴方が視線を逸らしてくれないと、私は目蓋を上げられません」
閉じた視界で分かるのは触れる体温と伝わる音だけだ。私は彼を見たかった。しかし至近からあの目に覗き込まれたらと思うと、どうしても尻込みしてしまう。
冷たく激しく、強く鋭い双眸。
あれを間近で見てしまったら何かが変わってしまう、そんな予感があった。
……もうこれ以上変化することなどないのに。
「お願いします、ハンス、目を」
眼鏡すら邪魔になるような距離で、私は彼を見たことがない。彼は常に私を視界に入れている。彼の後ろを歩いているときでさえ、あのちりちりとした視線が肌を焼いた。
全てが全て、彼ばかり。
私とて、彼を――
「エルンスト」
耳が、爛れる。
彼が私の名を呼ぶたびに、背筋にぞくりとしたものを感じる。エルンスト、私の名前。私の持ち物であるはずのそれも、彼の声に乗るだけで熱波のような怒涛を私の胸に叩きつけた。彼はいけない人だ。彼が私を見るたび、私の名を呼ぶたび、私の在りようはぐらぐらと不安定に揺れ動く。私が私でなくなる、そんな不安を抱いてしまう。
「俺を見ろ」
ああ、本当に、いけない人だ。
彼は目蓋を下ろしてなどいない。未だにあの強い視線を感じていた。じっと、あの青い目で私の目蓋を射抜いている。そして今、彼は目蓋を外して眼球を直接貫こうとしている。想像できない。呼吸を交換する距離であの目を見るなんて、そんなことをしたら変わってしまう。
私が、ずれてしまう。
「嫌ですよ」
彼の腰に絡ませていた腕を持ち上げて髪を撫でる。癖のある黒髪は少し湿っていた。また乾かさなかったのだろう、けれどタオルで拭うようになっただけ進歩したのかもしれない。以前は雨に降られた犬のように水滴を垂らしていたのだから。
私は彼をどう思っているのだろう。彼は私をどう思っているのだろう。
頭を抱いて更に深く口付けながら、やはり私は彼を見ることはできないのだろうと考えた。
彼が私を視界から外さない限り、私は彼を見つめることが出来ないのだ。そして彼は私を視界に収め続ける。私が好きなだけ彼を観察するその日は、もう少し後のことになるだろう。少なくとも、今ではない。
だから、私は彼の目を見られなかった。
今の私では、彼を畏れてしまう私では、彼の熱情を受け止めきれない。
きっと、絶対。