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That's waste.





「あれは帰りました」
 アイスクリームショップに入っての、開口一番がこれだった。


 今日は常になく客入りが良くて、最後尾の客が帰る頃にはくたくたになっていた。客商売をする者として商売繁盛は嬉しい限りだが、何とも言えず、間が悪い。
 客足が途絶えたのを見計らって、マシューはモップで店内の床を磨き、キューは積まれたアイスクリームディッシャーを洗浄する。誰が言った訳でもなく、その役割を割り振られていた。
 ――入ってきて最初に見るもんは、仏頂面より笑顔が良い
 そうマシューに教えたキューはといえば、そもそも作り笑いというものが苦手だった。実直と言えば聞こえはいいが、そもそも嘘が吐けない性質なのだ。だから物腰柔らかなマシューが笑顔で接客していると、何とも言えず胸が温かいもので満たされていくような気がした。それが例え偽物の笑顔でも、受け止める者が喜べばそれでいい。
 だがマシューは家族の話をするとき、全く笑わない。
 いや、実際笑いはするのだが、それは作り笑いだった。キューが教えた他人を喜ばせる笑い方だった。
 それを頭で理解したとき、煙草を吸わずにはいられなかった。
 俺はあいつの泣く手段を忘れさせちまった。涙よりも先に笑みが零れるように自分を作り変えちまったんだ。他人を頼らないあいつは、誰にも相談せずに過去を捨てようとしていたのに――

「キューさん?」
 水を流しっぱなしにしていたのに気付いて、慌てて蛇口を捻る。十分に綺麗になったアイスクリームディッシャーをサイズ別に収納して、ディスプレイしてあったアイスと冷凍庫内の在庫の具合を鑑みる。
「……今日は店仕舞いだ。看板入れてくれ」
「あ、はい」
 ずれたマットをいじっていたマシューに呼びかけて、今日の仕事は終わった。シャッターを下ろし、世界が閉じる。店内の掃除はほとんど終わっていたので、あとは着替えて帰るだけだ。
 狭いロッカールームで仕事着から私服に着替えるときが、店長と店員という関係の仕切りが一番薄い。普段なら態度の悪い客への愚痴や新アイスの感想で埋まるばかりの時間。けれど、今日は違った。
「名前って、そんなに大事ですか?」
「……そりゃ、当たり前だろ」
 仕事着を脱ぎ終わり、私服に袖を通しているときに変なことを訊かれた。
 いや、普通過ぎて誰も尋ねないことか。
「尊称とかでも、駄目ですかね」
「閣下とか大将とかか? まあ、駄目ってこたあ無えだろう」
「身内だったらアウトですかね」
「……あの生意気な片割れなら“お前のものも俺のもの”とか思ってるだろーよ。苛められるだけ苛めてやれ」
 手に仕事着を引っ掛けて、ロッカーを勢い良く閉める。ばん、と盛大な音を立てたロッカーは幸いなことに凹んだりはしなかった。


『あれは帰りました』
 店に入ってきて、マシューの第一声がそれだった。
 何があってアレがここに来たのか、いかにも意固地そうなアレをどうやって家に帰したのか、聞ける雰囲気じゃなかった。
 だって、マシューは笑っていた。
 仮面を張り付けたような、いびつな笑顔だったから。


「なあ、マシュー」
 キューよりも遅く着替えを終えて、ロッカーを閉めようとしたところだったのだろう。手が半端な位置で止まり、スクエアフレーム越しの青が無垢な色で向けられた。
 少しだけ緊張して、唾を飲んだ。
「俺はお前の味方だ。弱音でも泣き言でも何でも、俺が聞いてやる――だから、溜め込むなよ」
 我ながら恥ずかしいと思える台詞。二度と吐きたくない、まるで映画の三枚目が言うような安っぽい言葉だった。
 でも、それでも。
「……そんな、僕には、もったいない」
 真っ赤になって両手を意味もなく振るマシューには、言わなければならなかった。キューにとって、彼は店員以上の何かなのだから。金を貸してと頼まれればちょっとくらいなら貸してもいいかなと思えるほどに、必要だとは感じていたから。
 だから、何かあったらアイスでも酒でも振る舞って、浮き上がらせたいと思うのだ。

 ――その心情を話していたら、マシューはきっと倒れていただろう。
 片思いの相手にそこまで大事にされていると知ってしまったら、過剰な幸福に溺れてしまうだろうから。





「キューさんはどんな映画が好きですか?」
「コメディだな。ヒーローとかSF系は好きじゃねえ」
「奇遇ですね、僕もです」
 マシューの言葉がどちらを指すものか分からなかったが、その顔には素の笑みが浮かんでいたから、キューは疑問を呑み込んだ。
 コメディが好きなのか、ヒーローやSFが好みじゃないのか――まだまだ尋ねる機会はある。
 少なくとも、マシューが大学を卒業するまでは。










幸福をもったいないと思っちゃうのは実家時代と差がありすぎるから…とかね。
マシューは片思い。でもキューさんも満更じゃなさそうなのであと一年したらキスするかも(長)清すぎる。
影が薄すぎて画面から消えちゃうような子に明暗があってもいいじゃないか。そんなことを考えながらの初連作でした。

09/05/25

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