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Tell me more about it.





「誰も僕に気付かないんです」
 語る口にはいつもの微笑を湛えていたのに、碧眼の奥には何の感情も窺えなかった。


「キューさんが会ったのは、アルフレッドという名の……僕の、片割れなんです」
「そうか、双子だから似てたのか」
 得心したキューに、マシューは薄く微笑む。
「ええ、双子だがら――良く間違えられた。アルフレッドは明るい性格で、僕とは正反対でした。子供の頃は名を呼ばれるよりもアルフレッドと間違えられる回数の方が多かった。というより、僕の名前は覚えられてなかった」
「酷えハナシだ」
「そうですか? その頃の僕はそれでもいいって思ってました。アルフレッドは飛び抜けて頭が良くて親から愛されて、僕は僕で親の関心を引けない平凡な子供でしたから。僕の片割れはすごいんだって馬鹿みたいに喜んでいたんです。けど、ハイスクールで僕は気付いた――このままだと、僕は何の価値もないまま死んでしまうって」
「自殺したくなった、のか」
 穏やかに笑うマシューにそぐわない不穏な単語だ。
 しかしストレスを溜め易い性格のマシューなら万に一つの可能性があった一行動だった。
 崖っぷちに立たされた者は深淵を覗き込む。引き込まれたら終わりだと分かっていても、魅入られて堕ちてしまう事だって少なくない。
 マシューはキューの言葉を否定しないで、少し目を伏せた。
「……アルフレッド目当ての女性に、ファーストキスを奪われましてね。ナーバスになってたんです。このままだと僕の人生丸ごとアルフレッドに上書きされてしまうんじゃないかって。いつか僕のことをマシューと呼んでくれる人が居なくなるんじゃないか、って」
 片割れでないと教えたときの溜め息や。
 自分の名を呼んでくれない親の無意識とか。
 悪意をぶつけられるのと空気との同化を強要するのは、どちらがより残酷なのだろう。
「自分勝手を承知で白状しますが、僕は家族が好きじゃないんです。親はアルフレッドにべったりだし、片割れは僕を侵食する。霧散しそうに希薄な存在だというのを否定したくて、僕は家から離れた大学に通うことにした。バイトで夜遅くに帰っても親は何も言いません。信頼されていると言えば聞こえはいいですが、要するに無関心だったんです。アルフレッドが突飛なことをしない日はありませんでしたから、親は常につきっきり。生まれてから今までがそうでした――それに多分、これからも」
「……親なら子を可愛がるもんだ。マシューだって何かしら褒められたりしただろ?」
「記憶にある限りで、そういった言葉は掛けられたことがありません。褒めるのも叱るのも、全てアルフレッドが受けていましたから。笑える話ですが、僕は親からのスキンシップをあまり受けていないんです。せいぜい幼少時に手を繋いだくらいで、バイトを始めてからは完全にゼロ。家族が家族として機能しないなんて、何だか不思議な感じですよね。もしかしたら、あれがうちの正常だったのかもしれませんが」
 そして何より、そんなことを思い出して尚も笑っていられる自身が奇妙だ。
 不器用だと思っていたのに作り笑いは思ったより持続できる。どんなに傷付いたって本心を覆い隠せる。
 そんな現実が、嬉しいような寂しいような。


 ばきり、と硬いものが折れる音がした。
「お前の家族、全員殴り倒してえ」
 隣に視線を遣ると、キューがプラスティック製のスプーンをへし折っていた。ぶるぶると震えている褐色の手が、ぎりぎりと血が出そうなくらい握り締められている。
 ……やはり、キューさんに愚痴を吐くべきではなかった。彼は実直すぎる。同情を誘うつもりなんてなかったのに。
 彼が震えているのは、マシューの不遇が予想以上だったからだろう。マシューとて己の待遇に対して無自覚だった訳ではない。しかし具体的に何なのか、言葉にするのは難しかった。だから自分が放り込まれていた空間の異常さをはっきり理解したのは、一人暮らしをし始めてからだ。
 一人暮らしの初日、マシューは開放感を覚えた。そして気付いた。マシューはいつも捻じ曲げられていたことに。アルフレッドは頭がいいねアルフレッドは人気者だね、そう褒めた先には何もなかった。アルフレッド隣には親や恋人、そして友達が沢山いた。だが「アルフレッドと瓜二つ」なだけのマシューには何もない。
 けれど、大学の友人はマシューを「影が薄い奴」だと認識しても名前を呼んでくれた。
 図書室に入り浸っていたらいつの間にか成績が良くなっていて、厳しいと有名な講師に褒められた。
 ――アルフレッドという型枠から外されて、マシューは初めて人生を謳歌できた。誰もが当たり前だと享受していることすら、マシューは知らなかったのだ。
 マシューは不遇であったが、今はそれを取り戻すように優遇されていた。このアイスクリームショップで働けるのも、マシューが決断したからこそ得られた褒美だろう。

 だからキューが怒る必要などどこにもない。
 一緒に居られるだけで幸せなんて、童話みたいな感情を教えてくれたキューには。








幼少マシューは薄幸そう。
次回はキューさん大暴れ。

09/05/15

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