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Please go ahead.





 マシューが大学で勉学に勤しんでいる頃――キューのアイスクリームショップに嵐がやってきた。
「チョコレートとバニラ、キングサイズでコーンに入れてくれよ!」
 そいつは非常に失礼な奴だった。そして自分勝手だった。
「あのな、キングサイズはカップ限定だ。ダブルで食ってみろすぐ落ちるぞ」
「何だ、この店はバランスに自信がないのかい? ああそうか君が不器用なのか!」
 指を差して笑われた。侮辱する言葉をぶつけられた。
 それに腹が立っても誰も彼を非難しないだろう。だがキューは曲がりなりにも商売人である。それが例え生意気なブロンド野郎でも。
「……後悔しても知らないぜ」
 不服ながらも自分から折れ、不器用なのかと謗られた手で丸いアイスを作っていく。アイスクリームディッシャーを握力で破壊しそうになったが、そこは店長としての自制心と意地で平静を装った。ムカつくガキだ、金置いてさっさと帰れ。胸中でそれくらい考えていても罪にはなるまい。
 キングサイズはベースボールの硬球くらいの大きさだ。それをコーンに二段重ねにするのはそう難しくない――作る方にとっては。
 キューが生意気な客の言葉に応じたのは、結末が分かり切っていたからだ。
「まいど」
 おざなりな態度で釣りを渡してから一分も経たないうちに、ブロンドの客は返ってきた。
「アイスが両方とも落っこちたぞ! どういうことだい!」
「だからキングサイズはカップ限定だって言ったんだ。返金なんかしてやんねーぞ」
「何だとー! 訴訟起こすぞ!」
「黙って聞いてりゃ馬鹿な事ばっか抜かしやがって、糞生意気なガキが。訴訟? 起こしてみろや陪審員満場一致で俺が勝つぞ」
 コーンだけを握っていたブロンド客はキューと暫く睨み合っていたが、次の客が来たことで喧嘩の不毛さに気付いたらしい。ファッキン! と叫んでようやっと店から出て行った。
 客足が途絶えてから一通りの苛立ちを発散し、マシューが来る頃になったらいつもの調子に戻れた。そしてそのとき気付いた。あの糞生意気で自分勝手で客じゃなかったら何発か殴っていたであろうブロンド野郎が、マシューに良く似ていたのに。



 ということを、マシューに掻い摘んで話した。
 アイスを黙々と食べているマシューは、絶対零度という言葉が良く似合う目をしていた。笑っていない。平時では考えられない色のない表情だ。
 ……昼間の出来事をマシューに聞かせたのは、上司としての配慮だった。
 中途半端な情報を与えて腹の中に溜め込ませるくらいなら、全て話して愚痴でも聞いてやろうという魂胆だ。キューの予想通り、昼の話を進めていくうちにマシューの表情は消えていった。代わりに手が震え始める。寒いからではなく怒りから来るものだろう。
 普段は笑顔ばかりのマシューにだって喜怒哀楽はある。だったら吐き出せばいいのだ。
 キューだって現役二十代、若人のそういうところは理解出来る。
「……あれが迷惑掛けました」
「何でお前が謝るんだよ。悪いのはあのクソガキだ」
「それでも、とりあえず」
 ストロベリーアイスをつつくスプーンが弓のようにしなって、今にも折れてしまいそうだ。表情を窺おうにも、現在のキューからだと眼鏡のレンズが反射して全く感情が読めない。
「はぁ、最悪だ……」
 カップアイスをほじくり返していたスプーンから手を放し、マシューは顔を伏せた。雰囲気が重苦しい。眉を困り気味に下げ、さらさらの髪をがしがしと掻き乱している。いつもの彼らしからぬ行動だ。
 いい加減吐き出しちまえ、とキューは思う。だがマシューは唇を噛むばかりで溜め込む気満々の様子だ。
 しょうがない、年の功を発揮するか……
 そう決めたら行動は早かった。
「店閉めるぞー」
「ええっ、もう閉店時間ですか!? どうしよう僕全然働いてない!」
「まだ閉店時間じゃねーよ。俺が大事なお客さんとダベりたいだけだ」
「……大事なお客と、ですか?」
「今カウンター席に座ってる、マシュー・ウィリアムズって奴がそうさ」
 さー閉店閉店、とキューはショップ前の看板を店内に入れてシャッターを閉め始める。マシューが手伝おうと立ち上がった頃には、全てのシャッターが下ろされていた。店内は電灯で煌々と照らされているが、外界から遮断されると言い知れぬ閉塞感が肌を覆った。
 世界から切り離されたような気分だった。
 マシューとキューとアイスだけしか存在しない、何とも愉快な世界に放り込まれたような。
「んで、あのクソガキとマシューはどういった間柄で?」
 ココナッツ味のアイスを持ってキューがマシューの隣に腰掛ける。キングサイズのそれはいつ見てもボリュームたっぷりだ。こんなのを二段重ねにするアルフレッドは馬鹿としか言いようがない。
 マシューは何も言わず、ただ重苦しいため息を吐く。
 それを見たキューは自分のアイスを半分にしてマシューのカップに放り込んだ。店長の奇行にマシューは目を丸くする。
「な、何ですか?」
「何って、ワイロだよワイロ。アイス半分くらいの愚痴は吐けっつーの」
 丸くなった目が、今度は点になった。ワイロって、あの賄賂? キューさんはそんな悪どいことする人じゃないはず。と、そこまで考えてマシューは思考停止した。もしかして、キューさんに感付かれているのかと。けど確証が取れないから、手っ取り早く本人から訊いてしまおうという魂胆なのか、と。
 だが、その疑いはすぐに無くなった。
「アイス屋キューさんが若人の悩みを即刻氷解させちゃうぞ」
 そう宣言したすぐ後に「この言い回しは古いか?」と小さい声で反省しているのを聞いて、疑いを持ち続ける方が難しいだろう。

 カップの中で溶け出した二種類のアイスがピンク色のマーブルを描き出す頃。
 アイスを食べるばかりだったマシューの口が、掘り返したくない過去を吐き出した。








アルフレッドとキューさんの険悪さはどう表現したものやら…

09/05/11

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