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Can you eat them all?





 今まで生きてきた中で、五指に入るほど寝覚めが悪い朝だった。
 朝日の眩しさは何時もと変わらないはずなのに、酷く目に沁みる気がする。
「今の僕はとっても幸せだよ、ヒーロー」
 アルフレッドに浴びせた台詞を再び口にする。酷薄で突き放した響き。マシューを知る者なら目を瞠るような、嘘つきの言葉。
 昨晩、道化はどちらだったのだろう。
 家族に見切りを付けて逃亡したマシューか、それに気付かず追ってきたアルフレッドか。
「……やめよう」
 朝から暗い事は考えていられない。今日は大学もバイトもあるいつも通りの平日なのだから。
 サイドテーブルに置いた眼鏡を掛けて、朝食を摂って歯を磨いて顔を洗って。身支度が整ったら鞄の中身と予定を確認して、最後に戸締りを見回って。日常を意識して部屋中を歩き回るのは、マシューの中にわだかまる疑問が解決しないからで。
 誰が一番悪い? そんなの僕に訊かないでよ。
 惰性だけで生きているような、今の僕に。
「僕は、そんなに弱くない」
 アルフレッドが際立っていたせいで誰も知らないが、マシューは人並以上に打たれ強かった――肉体的にも、精神的にも。
 その彼がバイトという横穴から覗いた社会こそが、マシューの才能を日毎に際立たせていった。
 しかしその才能を、マシュー自身が意識したことはない。


 マシューは大学に入り浸るのが好きだった。
 けれど、それ以上にバイト先のアイスクリームショップが好きだった。
 扉を開けるときの軽やかなドアベル、冷えたカウンターに色とりどりのアイス。種類も量も沢山あって、アイスが好きなマシューにとっては天国のような場所だった。
「おう、来たかマシュー」
「ハロー、もしかして遅かったですか?」
「いんや。今日はあんま客来ねえみたいだし、着替えんのいつものスピードでいいぞ」
 どこかズレた上司の言葉に、思わず苦笑いしたのは仕様のない事だろう。
 マシューの勤めるアイスクリームショップ、その店長はチョコレートのように浅黒い肌の男だった。そして何より、よく笑いよく怒る。喜怒哀楽がはっきりとしていて、好感の持てる店長だ。
「じゃあ、着替えてきます」
「おう」
 カウンターで軽く手を振る店長。とてもじゃないが、あれで二十代とは思えない。本人に言えば烈火の如く怒るだろうから、絶対口にしないけれど。
 ボタンをはめて、腰に黒いエプロンを巻く。上はシェフ、下はウェイターのような格好がここの制服だ。
 店長の勧め通りにゆっくりと身支度をし、仕上げに手を消毒して店内に戻る。さっきと全く変わらないポーズで店長が椅子に腰掛けていた。暇だというのは本当らしい。
「キューさん、煙草はやめた方がいいですよ」
「しょうがねえだろ口寂しいんだから」
「でも、煙草の匂いって換気しても残りますし。口寂しいなら、飴持ってますよ」
 キューさんと呼ばれた店長は、そりゃそうだがよ、と複雑そうな顔を作りながら灰皿にまだ長い煙草を押し付けた。すると途端にしゅんとした、というか元気がなくなった。ニコチン中毒になるとこうなるのか、という感じではない。ただ単純に、はつらつとしていない。
 兄貴肌のキューさんにしては珍しい。
「……どうかしたんですか?」
 ポケットのミルク飴を差し出して、マシューはキューの隣に座った。今日は本当に客が来ない。真面目に働くのもいいが、如何せん昨夜の事件が尾を引いていた。ちょっとの事でも捨て鉢になってしまいそうになる。
「別に何もねえけどよう、さっき変な奴が来てよう」
 マシューから受け取った飴を口に放り込み、舌で転がしながら眉を顰めた。
「そいつがさあ、お前にそっくりだったんだ。無神経で態度悪いガキみたいなの。最悪なモン見ちったよ、あれがマシューじゃなくて本当に良かったよ」
 安心したようにまた飴を転しだしたキューは、そのタイミングで覗き込んだマシューの表情に驚愕した。
 なにもない。
 無表情ですらない、目の色にも感情はなく、ただの人形のように微動だにしない。
「ま、マシュー?」
「……キューさん、それ、いつ来たんですか」
「えーと、昼頃だったな」
「眼鏡はスクエアフレーム、声が大きくて、僕より少し髪が短い」
「その通りだ」
 知り合いなのだろうか、と尋ねたいがマシューから漂ってくる雰囲気が問いを拒絶している。彼はいつもそうだ。笑っているのに笑っていない。嫌われているなんて事ではなく、単純に話したくないだけらしいのだが。
 年の功でそこまで見抜けるキューは、いつこの子は心を開いてくれるのかと少々心配している。彼の営業スマイルは完璧だが、息抜きが出来ないといつかパンクする。吐き出せるときになるだけ放出した方がいいのに。
「今週、僕の運勢は最悪かもしれません」
「なーに言ってんだ」
「だって、貴方があれと会ってしまった」
 キューが吐き出した代わりにマシューが鬱屈してしまったらしい。こりゃまずいと、キューは椅子から立ち上がって急いでカウンター内に入っていった。マシューはぼうっとその様子を眺めている。
「よし、今日は俺の奢りでアイス食い放題だ! マシュー腹がはちきれる程注文しやがれ!」
「……え?」
「運が悪いなら俺が引っ繰り返してやるよ。お前アイス好きだろ? 腹壊さない程度にがっつり食いやがれ」
 さあお客さん、何にしましょう?
 客にするように問われて、思わずマシューは噴き出してしまった。


 ――やはり、このアイスクリームショップと店長は特別だ。
 灰皿で潰された火の点いていない煙草を銜え、キューが煙を吸うようにマシューも肺一杯に空気を吸い込んだ。
 フィルター越しの煙草は苦いとしか言い様がなく、これならキューさんとアイスを食べる方がずっと楽しいと心から理解した。








やさぐれマシュー、どさくさに紛れて店長の煙草で間接キッス。
キューバさんの名前出てないから適当に「キューさん」呼びさせました。公式発表されたら変えるかも。

09/04/30

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