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※童話調語り口 むかしむかし、一人の男がいました。
男は奴隷でした。
その日は座るだけのスペースすらない窮屈な奴隷船に乗せられ、遠い異国に売られる途中でした。
みずぼらしい帆船は急な突風に煽られ座礁し、船底に穴が空いてあっという間に海に放り出されてしまいました。
暗い海中に投げ出された男は漂流物に身を預け、近くの島影に向かって泳ぎます。人食い魚や急な潮流に捕まることもなく、男は島の浜辺に辿り着きました。夜はまだ明けません。男が浜辺で寝転がっていても何も流れ着きませんでした。
男は一人になりました。
その島は人の住む島ではなかったのです。
突発的な形で身分から開放された男は現状に戸惑いました。
支配され続ける人生を過ごして、自由をどう満喫していいのか分からなかったのです。
島に漂着してから、男は海を眺めることが多くなりました。
幸いにも島には食糧となる果実が自生しており、男は毒草とそうでないものを見分ける術を知っていました。生きるための最低限の労働をしては、浜で空と海をぼんやりと見つめ続ける。孤独が男を毒するのも時間の問題でした。
男は風を聞きました。海を撫で、空を舐め、土の音に触れました。
そよかぜの中から誰とも知れぬ声が聞こえるようになったのはその頃でした。
『赤いのはお腹下しちゃうよ』
『大波が来るよ』
『雨が来そうだなあ』
男とも女とも取れないか細い声が、風に乗って耳に入ってきます。最初こそ頭がおかしくなったのかと危惧しましたが、声の後には波が高くなったり雨が降ったりと偶然とも言い切れない現象が起きました。
周囲に喋るものの姿は見えません。
しかし声は聞こえてきます。
男は首を傾げました。
時間が空けば、男は島を散歩しました。何度見回っても、やはり島には誰もいません。
結局、男は自分以外の声が聞こえてくる現象を島の霊の仕業だと結論付けました。
己の内側が陥落したと考えるより、外側から攻め入られていると仮定する方が楽だったのです。
見えないものはよく男に話し掛けました。しかし男は返事をしませんでした。
しかし見えないものも心得たもので、独り言だけは続けました。あれは食うなそれは触れるな天気がどうだ、それはもう助言としか言いようのない言葉ばかりでした。
男は返事はせずともそれに従いました。
見えないものの言葉に嘘はありませんでした。
島に漂着してから幾百日経ったでしょうか。
雲ひとつない蒼天の下、とうとう男は見えないものに言葉を投げました。
「奴隷にかまけるなんて、あんたも暇だな」
『君は人間だろう? 僕から見れば奴隷も貴族も同じさ』
「お前は何だ」
『君が人間なら、僕は風さ。風の精霊、シルフ、そう呼ばれることが多いね』
見えないものがくすくすと声を漏らします。押し殺すような笑い声を、男は初めて聞きました。
思えば、ずっと無視してばかりで声の主のことを考えたことがありません。
「精霊がどうして此処に居ついてるんだ。他に行くべきところがあるだろう」
『僕の居場所は僕が決めるよ。それに、此処には君が居る。君は最初から僕の声が聞こえていたみたいだね』
右かと思えば左から聞こえてくる声。風というからには、ずっと飛び回っているのでしょう。
『僕は僕の姿を見たことがないんだ。だから君に見てもらおうと思った。声が聞こえたなら、遠からず捉えられるようになるよ』
声の主の姿なんて影すら見えませんが、それが風というものです。
形がないから優しさに分類されるのが風。形を持ってしまった風は猛威にしかなりません。
水を踏めば波紋を呼び、炎と踊れば火勢が増し、土に歌えば竜巻となるもの。形なきものが己を知りたいと乞う、矛盾にも似た願いを男は叶えられませんでした。
声が聞こえるだけなのです。
見えないものの目が何色なのか髪の長さがどれくらいなのか小さいのか大きいのか、男か女か推測すらできないのです。
『いつか僕の姿を教えてね、人間』
小さく笑う声に、男は大きくため息をつきました。
「その前に、その呼び方をどうにかしてほしいもんだがな」
姿なき隣人の素性を知る、これが最初の一歩でした。
逆に考えるんだ、「半透明だからできることがあるさ」と考えるんだ……!
双方とも名乗ってないけど玖加パラレルです。これもハロウィン仕様?に入るんですかね
※シルフ…風の精霊。両性具有。ほとんどの人には見えない聞こえない。見れた人は幸福になれる。
09/10/30
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