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闇が、揺らいだ。
五感は断絶し、思考も記憶も溶け出していた。それで良かった。とても心地よかったから。
羊水にたゆたう胎児のように、大きく温かいものに包まれて、呼吸も忘れてまどろんでいた。
それなのに。
『にいさん』
愛した者が俺を呼ぶ。幼い頃のような悲痛な声で、俺だけを呼ぶ。
――ああ、俺を起こさせた馬鹿は、誰だ。
そこには、敵しか居なかった。
犬猿の仲と称されるフランスとイギリス。その二国が俺に銃を向けている。
曖昧で霧がかった思考が、瞬きの間に晴れる。
仲が悪いはずの二国が同一の目的の下に動いている。それは想像だにしない出来事で、悪夢のような現実だった。
「分かってくれよドイツ、お兄さんだってこんな事したくないんだ」
「ふん、俺に便乗しろって上司にせっつかれた奴が何言ってやがる」
「便乗? 心外だねえ、それだけならお兄さんは動かないよ」
苦い顔と軽い口調で会話を交わしているが、二人の銃口は動かない。こちらの頭蓋をぴったり狙っている。
脅しなのか、本気なのか、真意を探ろうとも思えなかった。
ただ、少々落胆した。
まどろみから覚めた視界には、以前と変わらない殺伐とした世界しか映らなかったのだから。
「……んだよ、何も変わってねえのか」
喉から搾り出された声は、地を揺らすように低く響く。少しだけ違和感があるが、でもこれが今の俺だ。
ハンドガンとリボルバー、形は違えど近距離での性能はそう変わらない。火薬を炸裂させて弾頭を発射し、直線上にある的を狙う。それだけの近代兵器を、この俺に向けて勝った気でいるなんて。
愚かしい。
「引き金引くだけで命取れるなんて、安いもんだな。そんなもんで俺を殺せると思ってんのか、ああ?」
目の前が赤く染まる。憤怒が全身を支配して、命の危険に血が沸き立つ。
俺は二人に笑みを向けた。そして睨み付けるなんて甘いもんじゃない、視線だけで殺し喉元を食い千切る殺意をぶつける。フランスの全身がびくりと震えた。イギリスの眉間に皺が寄った。その様子に、俺はまた挑発する笑みを深くした。
漁夫の利と少しの運で生き残ってきた奴は、血を啜る勝利者に恐怖する。
大国として名を馳せてきた過去の帝国は、敗者が笑むのに不審を抱いている。
なんだ、こいつら、俺を覚えていないのか。
「返事を聞こう、ドイツ」
硬い声と共に引き金に掛かる指に力が込められる。イギリスが何かを要求しているが、俺には何のことだか分からない。死かそれ以上の屈辱を押し付けようとしているのだろう。おかしいな、俺が消えたのはこんな事をさせる為だったか。
――いいや、違う。
「イギリスにフランスよぉ……お前ら、俺が誰か分かんねえのか?」
分からないのなら、思い出させてやる。
戦いの為に生まれ、戦いの中で呼吸をし、平和に窒息した軍国の名を。
「このプロイセン、剣の時代に生きた俺にそんな玩具は利かねえ。引き金を引いてみろ、俺を撃ち抜く事なんて出来やしない。俺を殺すことなんて出来やしない。思い出せ、お前達を脅かした王国の名を。血に濡れたプロイセンの武勇を」
頭を掻くと、セットされていた前髪が乱れて視界に入る。金糸のブロンド、両手の黒い手袋、首元には懐かしい十字飾りが。
ああ、ヴェストが呼んだのか。
俺の魂をを吸収して立派になっただろう弟が、屍と化した俺を呼んでくれたのか。
……ならば、せめて兄らしくこの死線を突破しようか。弟の身体を傷付けず、相手を屈服させて、あの玩具を奪ってやってもいい。
「気持ち良く寝てたってのに、てめえらのせいで台無しだ。後でヴェストに詫びやがれ」
滅びた古参兵を舐めるな。剣を握っていた者は相応の体術を心得ている。本物の戦争を幾度も潜り抜けてきた俺を、平和に埋もれたお前達が打ち倒せるはずがない。
負ける気は全く無い。それに心が軽かった。
今がいつなのか、世界がどのような状況なのか、そんなのはどうでも良かった。
ただヴェストと魂まで混ざり合っているという唯一の事実が、言いようの無い高揚感を誘った。
ベルリンの壁崩壊後プロイセンが消えてたら話。
そうなったらプーは消滅というかドイツと超融合しちゃってる感じがする。
仏英を悪者にしてごめんなさい。
09/05/01
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