[↑]
自分のものじゃない呼吸音は、遠い記憶の子守唄に良く似ていた。
お腹に開きっぱなしの本を置いてソファに寝転がっている彼の音を聞いていると、不思議と心が安らぐ。
深く緩やかなアダージョ。
乱れの無いアンダンテ。
耳に優しいカンタービレ。
誰かが眠っている姿を見るなんてほとんど無いから、彼の寝息を聞く度にそんな風に感じてしまう自分が異常に思えた。ミュージックもコーラスもない、アカペラとも言えない音の連続。吸って吐くだけの定期作業。たったそれだけなのに。
足音を立てないようにソファに近付いて、床に膝をつく。まだ彼は眠っている。気付かれないように神経を尖らせながら、慎重に、僕は彼の胸に耳を当てた。
生命の根源から流れ出す、力強く響くビート。
静かで重厚な彼のリズム。
目を閉じて彼の歌に耳を傾ける。呼吸、脈拍、横隔膜の運動、寝返り、無意識に行われる全てで奏でられる即興のポリフォニー。アンコールの起きない永久コンサート。聴いているのは僕だけだ。
彼は起きない。
まだ目覚めないでほしいなんて、身勝手な僕の願いを叶えてくれる。
眼鏡を傍のテーブルに置いて、耳をもっと密着させた。敏感な人なら気付くくらいの接触。起きてしまうかと危惧したけれど、彼は少し身じろぎをしただけで目蓋を上げることはなかった。
こんな行動を見られたら、彼に怒られるだろうか。気持ち悪いと思われるだろうか。もしかしたらそれらの感情が振り切れて、呆れられてしまうかもしれない。
だから、気付かれないよう耳を寄せた。窒息しそうに息を詰めて、全神経を聴覚に集中させる。今しか許されないだろう、僕だけの静かな秘め事。彼に跪いて彼を聞き、直接触れず声も掛けない。儀式のような厳粛。罪を犯すような緊張。一線を越すぎりぎりのところで踏みとどまっている、そんな緊迫感。
おかしい。狂っている。倒錯趣味もいいところだ。
寝ているから何をしてもいいなんて、そんな事あってはならない。僕の行為だって例外じゃない。変態。今の僕にはその言葉が良く似合う。でも聴いていたい。聴かせてほしい。きっと彼のことだから、お願いすれば許してくれるかもしれない。だけど僕はそんな要求を口に出来なかった。口にしていいのか分からなかった。ジレンマだ。僕に度胸さえあれば、全てが解決するのに。
狂いの無い音色。どんな楽器でも奏でることの出来ない、心が落ち着く歌。
いつか彼に言えるようになればいい。僕はこんな臆病者で変態だけれど、それでも貴方が好きなのだと。面と向かってありのままを告白できる自信が付くまでは、どうか知らないふりをしていて欲しい。
目の前に垂らされた腕に触れる勇気すらない僕だけど、この気持ちに偽りはないから。
貴方のように衒いも無く舌に乗せられないけれど、溢れる感情に嘘はないから。
だからお願いします、貴方の歌を聴かせて下さい。静かで緩やかで強くて優しい、心を弛緩させてくれる唯一無二の音色を。
今だけは、僕の為に。
一切喋ってないけどキューカナですよ。
付き合いはじめたばっかで自分と相手の間合いが分からなくてモヤモヤするカナダさん。
こんなの毎回やられてるって知ったらキューバさんは色々振り切れてフルスロットルベッドイン間違いないね。
09/10/16
[↑]