顔も身体も声も、何もかもが彼と同じもの。同じということはどういうことなのだろう。
考え方、は違うだろう。なにしろ悪魔なのだから。
人間の弱点を体現した、同属嫌悪を引き起こすもの。同じでありながら違うもの。
今の俺には有難い性質の悪魔だ。
「ヒメネス」
輪郭をなぞると、ヒメネスと同じ顔をした悪魔は視線だけをこちらに寄越した。そこに表情はない。本物の彼なら笑ったり怒ったり忙しいだろうに、偽者の彼は無だ。本当の意味での無表情。顔の筋肉が固定されているような硬さだった。
違う、これはヒメネスではない。
百パーセント違うと断定できるから、俺は彼を模した悪魔に縋り付く。
「俺は何だ、どうして生き残っている、隊長は、どうして」
ひりつく喉から溢れ出すのは弱音。隊の誰にも聞かせられない、聞かせてはいけない上官の弱気だ。ヒメネスにも聞かせたくない。でも吐き出さないと俺が壊れる。内側から、ぼろぼろと。精神的損傷は医療ポッドでも治せない。
ならば、一番みっともない手段で全て吐き出そう。最善で最悪で最高に悪魔的な手段で。
悪魔の耳元に囁きかける。
「ヒメネスは俺を強いという。だが、お前はどう思う?」
偽者であると分かっているのに縋らずにはいられない、人間らしい醜態を見せる俺を。
本物の彼なら眉を顰めて退室するだろう弱者の問いだった。だが偽者の彼は無表情に俺を見つめるだけだ。口を開きもしない。理解する必要もないと思っているのかもしれない。それでも構わなかった。俺は吐き出したかった。食道に詰め込まれた責務や任務、気配りから全体指示、唐突に押し付けられたそれらを全部、全部、嘔吐してしまいたかった。
「どうして俺だった、何故あそこに居た、どうして、どうして……」
どうして死んだんだ。
隊長として隊を率いる男が、どうして早々にリタイアした。悪魔的な実験を受け隊員が絶無の苦痛を受けている頃、あの人は医療ポッドで安寧の眠りについていた。
歩き出した死体。暴力的な行動に出る隊員達。喋る死体。デルファイナスのごみ山に放り投げられた隊員の亡骸。
客観視して受け入れたつもりになっても、身体の芯で震えが止まらなかった。気が狂いそうだと頭を掻き毟る俺がいた。誰も見ない、知らないだけで俺は隊長の器ではないのだ。戦場での強さは全て運だ。たまたま敵を打倒できるだけの装備を揃えていただけ。たまたまデモニカが成長していただけ。頼まれたフォルマを集めていた結果。
それこそ、ヒメネスでも良かったのだ。彼が戦功を上げれば皆の士気も上がっただろう。どうして俺だったんだ。
「俺は利己的な行動を取りたい。自分勝手に動き回って、戦功も指揮権も全て誰かに譲ってしまいたい」
そう、誰か。機動班でも動力班でも資材班でも誰でもいい。戦意の高揚しているヒメネスでもいいし、徹底した非戦を訴えるゼレーニンでもいい。隊を一歩先に進ませられればそれでいい。
自分が中心にいなければ、この心は楽になるのだろうか。そうしたら隊はどうなるのだろう。
『全滅だ』
ようやく口を開いたかと思えば、偽者の彼はつまらない物言いをする。
俺は露出した喉仏に噛み付いた。意趣返しのつもりだったが、顎に力を入れると自分の喉にも鋭い痛みが走った。口を離してスーツの喉元を緩めて確認すると、歯形に沿ってじんわりと血が滲んでいるのが分かった。誰の歯型かなんて、尋ねる必要もない。犯人も被害者もイコール。地上では矛盾するであろう事象がここでは当たり前の現実なのだから。
「痛い、な」
偽者の彼はそれを見て微かに笑った。痛がる俺を愉快そうな目で見つめて、歯形に沿って歯を立てようと動いていた。
その笑みもやはりヒメネスが浮かべるはずのないもので、俺は酷く安心した。
ここでは俺が本心を明かさずとも、そもそもそれを欲するモノが居ない。
偽者の彼に「好きだ」「惚れた」と告白したとしても、それは意味もなさない。たとえ何をしても。何をさせても。縋り付いて靴を舐めたとしても、本音は全て嘘に叩き潰されるのだ。
それが今の俺には、とてつもない甘美に思えて――