とっくに断絶したと思っていた欲は、ただ忘れていただけらしい。 胸が酷く苦しい。物理的でも内科的なものでもない、精神的な症状だ。どろどろとした欲で胸が詰まったのだろう。俺はこういうことに不慣れだった。 いつからだろう、俺は彼に惚れていた。 親愛のキスとハグをされたときに気付いた。 彼は俺を同僚か、年上の友人くらいにしか見ていないだろう。彼が異性愛者なのは周知の事実だ。それでからかわれるくらい彼は女好きで、俺と知り合ったのもそれがきっかけだった。 個人的な会話をした日や何を話したのかも憶えていない。彼にこんな感情を抱く日があるなんて思わなかった。 マイノリティな性癖を持つ俺だが、男所帯の軍に籍を置いても無難にこなしてきた、と思う。そのうち人間関係を考えることが面倒になって、プログラムやAIにのめり込むようになった。1と0の世界でキーボードを叩いているとき、俺は孤独であって孤独でなかった。欲を抱く隙すらないから心が楽だった。 それが、このザマだ。 乱れている。心音が、思考が、指が、俺を司る何もかもが。 『なあ、カトー。聞いてくれよ』 話しかけないでくれ。そう返したところで、きっと気にもせずべらべら女悪魔について話すのだろう。そういう男だ。 知っているから、辛い。 俺はお前が好きなんだ、ゲイなんだ、そう告白できたらどれだけ楽だろう。胸のどろどろを全て吐き出したら楽にはなるだろうが、きっと後悔するだろう。吐き出したもので彼を汚してしまったと。嫌悪の目を向けられるだろうと。 ああ、気管が詰まる。 吐き出してしまいたい。洗いざらい、全ての感情を。年上の矜持も相手のことも考えず、自分の為だけに。 最低だ。俺は嫌われて当然の人間だ。 ……いや、いっそ嫌われた方が楽なのかもしれない。彼が近くに来ないから。この胸のつかえが取れるなら、その方が。 ああ、でも、彼の笑顔が見られなくなるのは寂しい。 こちらの都合も考えずに振り撒かれるあれに俺はどれだけ慰められてきたか。こんな感情さえ芽生えなければずっと見られただろうに。 俺が耐えれば、俺が言わなければ、ずっとあれを見ていられる。 しかし、そのうち露見してしまうだろう。これほどの恋慕を抱えるのは初めてだった。想いを詰め込みすぎた胸が、醜く破裂してしまいそうだ。 「アンソニー」 小さく呟いた彼の名。それだけで胸の想いが膨らむ。ハグなどしないでくれ、キスはやめてくれ。親愛のものだと分かっているのに、心が勘違いしてしまう。今の俺では。 だから、俺にハグを拒否されたからって、泣きそうな顔をしないでくれよ。 「……ごめんな、アンソニー」 こんな感情を抱いてしまって、すまない。でも止まらないんだ。 ――まったく、叶わない恋などするものではない。 ■ ■ ■ アン←カト。もしカトーさんがゲイだったら。 最初は「一回ヤってからアンソニーの将来の為にと手酷く振るカトー」の予定でしたが、流石に自重しました。悲恋すぎる! 吐くほど思い悩んでるカトーさんですが、このサイトは幸せなアンカト路線なので……この後は予想通りの展開ですね。 ■ ■ ■ 10/04/26 |