「わたし死んでもいいわ」

 とはいったものの、俺もあいつも未経験だ。童貞だ。
 分かることなど机上の理論だけでしかも男同士なのだからそれすらも覚束ない。
 アンソニーのキスは慣れたものだ。欧米ではキスとハグは挨拶や親愛の表現だから、会釈で終わらせてしまう日本人のそれとは感覚が違うのだろう。俺は未だにキスが下手だった。
 ペッティングは何度か済ませていたが、本当の意味でのセックスは初めてだ。
 挿れて、挿れられて、そんな行為。考えたことすらない場所への考えたことのない質量を挿入させて。

「最初は、指」

 キスしたままの唇が思考をなぞる。瞬間、ぬるりと侵入してきた太い指に呼吸が止まりそうになった。アンソニーの指は太くはないが、細くもない。節くれ立って長い、軍人の指だ。指の関節の凹凸が入り口を刺激して、我知らず声が出そうになる。しかし喉を震わせるのは小さな呻きだけで、アンソニーはキスをやめて俺の顔色を伺った。
「カトー、気持ち悪い? やめようか?」
「……いや、大丈夫だ。続けてくれ」
 身体構造的に不自然な行為。痛みや不快感を伴って当たり前だ。それを理解した上で、俺はセックスすることを選んだ。
 欲というものは、本当に、底が無い。
 潤滑油代わりのワセリンがぐちゅぐちゅと音を立てた。指が一本入っているだけなのに、もっと淫猥な何かをしているような錯覚を起こしそうになる。体温で溶けたワセリンがアンソニーの指や穴の縁から伝い落ちる。感覚だけのそれに、ぶるりと震えた。
 大丈夫、アンソニーは怖くなんかない。怯えるな、恐れるな。
 呼吸を整えていると、ゆっくりと二本目が入ってくる。入り口が広げられているのが先ほどよりはっきりと理解できた。痛くはない。ただ、怖い。これから自分がどうなるのか予測がつかなくて、それがどうしようもなく恐ろしい。
 念入りに、じっくりと、動かし探られる。二本の指は予想と違い好き勝手動きはしなかった。むしろ恐る恐るといった動きで、アンソニーも何かしら思うものがあるのが言外に伝わってくる。考えていることは、きっと同じだ。
 髪を掴んで、離れた唇を再び重ねる。しかし、位置がずれてしまった。少しばかりむっとして、顔を動かすことで位置を修正させる。触れるだけではない、舌を絡める性的な口付け。それだけで感じてしまうような、唾液と舌と啄ばむ唇。仕掛けているのは俺だ。アンソニーは瞠目してなされるがままになっている。それでいい。何も考えなくて。余計なことなど考えず、享楽的になればいいんだ。
 それがお前の為であり、俺の為でもあるんだよ。
 唇が離れると、アンソニーの目が変わっていた。さっきまでの戸惑いがちな双眸が、燃え上がるような熱を湛えている。点火は完了した。あとは油を注いでしまえばいい。しかし、その必要はなかった。
 入ったままだった二本の指が一気に引き抜かれる。その何とも言い難い感覚に声を上げてしまった。指の関節が、僅かに曲げられた二本が、違和とはまた違う何かを呼び起こしかける。排泄に似た、人体としてはごく自然な反応。
 それが、アンソニーの中の何かを燃え上がらせた、らしい。
 上に乗っていた重みが離れる。気付かれないよう冷や汗を拭い、彼の動向を伺う。指にワセリンを山盛りに掬い上げ、親指でこねて体温を移していく。そしてそれを、俺の肛門に塗りつける。たっぷり、外側から内側まで、念入りに。指でこねたおかげで潤滑油は冷たくなかった。だが大量のワセリンに、俺は確信する。始まるんだと。本番が、本当の交接が。怖くて恐ろしくて、それでも欲には逆らえない。そんな行為が。
「う、あぁ」
 挿入は亀の歩みのように遅く、痛みと違和を俺の脳に叩きつけた。
「カトー、ちから、ぬいて」
 切羽詰ったアンソニーの声に意識して呼吸を整えるが、そう簡単に身体の強張りは解けない。痛い。どんなに念入りに解しても、慣れない質量に痛覚が反応しないはずがないんだ。
 冷や汗がこめかみから落ちる。呼吸が浅く速くなり、異物を排泄しようと筋肉が無意識のうちにアンソニーを拒む。
 それでも、ゆっくり、アンソニーは入ってくる。諦めず、辛抱強く、俺を安心させようと躍起になりながら。

「大丈夫だよ、カトー、大丈夫」

 無知の知、とでも言うべきか。アンソニーは俺の頬を撫でながら、苦しそうな、強がっているような、そんな笑みを向けた。挿入の痛みを俺は知らない。けれどきっと、アンソニーも苦痛を感じているのだろう。それを言わず、俺をなだめて、いつもよりもちょっと下手な笑みで誤魔化そうとして。
「痛くて無理そうだったら言ってくれよ、すぐ、やめるから」
 普段からは想像もつかない健気な言葉を吐いて。そんなことを口にされて、俺がやめると言うとでも思っているのか。
 俺がどれだけお前を好きかも知らないなんて、とんだお子様だ。
「はやく」
 口を開くと予想外に舌足らずで、かあっと顔に血が上る。
「アンソニー、はやく」
 痛みなんてどうでもいい。違和感なんて気にしない。明日どうなるかなんて、明日考えればいいじゃないか。
 なあアンソニー、どうしてお前は俺を選んだんだ。俺はお前が好きだ。けれど、どうしてお前が俺を好いているのか分からない。だから、答えとしての行為を、一番分かりやすい方法で俺に教えてくれ。

 俺がお前に、お前が俺に、少しでも混ざってしまえば。
 きっと、痛みも違和もかき消してくれるだろう。

 ずっ、ずっ、慣れない感覚が排泄器官に押し入ってくる。意識的に筋肉の力を抜き、潤滑油の力を借りて、アンソニーは俺の中に入ってくる。太くて、熱くて、苦しくて、どうしようもなく愛おしい。痛みに意識を霞ませてもかき消けせない一体感。互いに汗を流して息を切らせて、時間をかけた交接に充実感を覚える。
 言葉を組み合わせるのが難しい。脳が熱に侵されている。しかし、そんなことはどうでも良かった。
 舌が、匂いが、肌が、耳が、目が――五感の全てで、俺はアンソニーを認識している。
「あっ、あん、そ」
 上手く回らない舌で彼の名を呼ぶ。
「カトー、オレ嬉しいよ、すごく嬉しい、幸せだ、カトー」
 玉の汗が顎から落ち、俺の腹に落ちる。挿れている穴はきついはずだ。
 相当苦しいだろうに、アンソニーは笑っていた。
「胸がいっぱいだよ、なあ、カトー」
 腹に落ちる水滴。舐めたら塩辛いであろう、アンソニーの体液。
 汗だけではない、それは。

「大好きだよ」

 笑いながら、汗を流しながら、苦しそうにしながら、アンソニーは泣いていた。目じりから頬を伝い、顎で溜まって雫となり、俺の腹に落ちる、涙。
 告白と共に落ちたそれは、舐めたらどんな味がするのだろう。
 言語中枢がすっかりイカレてしまった俺は、アンソニーの顔に手を伸ばした。彼の顔は紅潮している。興奮と運動のせいだろう。リンゴ色の頬。遊び疲れたの子供のような、一人で寒さに耐えているような、そんな色。温めてあげられたらと思った。沸騰した脳は正常な判断を下せず、涙が雪解け水のように感じ、雪にまみれたら凍えてしまうだろうと。
 アンソニーの頬を両手で挟んだ。涙で湿った肌は、俺の手よりも温かい。凍えていたのは俺だったのだろうか。アンソニーの落涙は止まらない。むしろ量が増してきていた。ぽろぽろと落ちる涙は終わりがなく、指の間を縫い手の甲を濡らした。
 どうして泣くのだろう。
「大好きだ」
 俺の手に己の手を重ねて、本当に幸せそうに笑うアンソニー。涙と一緒に鼻水も垂れてきていて格好悪いのに、不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろ愛しさが増していくような、恋慕の水が胸から溢れていくような。
 嗚呼、俺も、俺だって。

「すき」

 Loveなんて簡単な単語では言い尽くせない想いの濁流。頬に寄せていた手は首を撫でて、胸を伝い、腰に触れ、その先はアンソニーの手に止められた。手首を取られ、アンソニーの首の後ろで繋ぐ形にさせられる。必然、アンソニーがより密着して、後孔の楔がぬるく揺れる。反射的にぎゅっと締まるのが自分でも分かった。顔が近くなって、アンソニーの表情の変化がよく見えるようになる。眉間に皺が寄って、歯を食いしばって、声には出さない。
 耐えている。
 俺よりもずっと、我慢しているんだ。
 そう理解したら、俺は遠慮しなかった。痛みや苦しみを共有しているも同然の状況。だったら、俺は、アンソニーに気持ちよくなって欲しい。浅かった呼吸を意識して深くして、滴り落ちてくる汗のことだけを考える。力を抜き、強張りをほぐし、少しでも苦しくないようにと。瞑目。深呼吸の後に目蓋を上げれば、雄の色が見え隠れする男の顔がある。
「……動くから、痛かったら」
 ああ、分かっているよ。首に回した腕に力を込め、無言で肯定した。
 奥に押し入っていた異物がゆっくり、ゆっくりと引き抜かれていく。排泄に似たそれに、悦楽に似た感覚が背を這った。言葉にならない喘ぎを発しながら、ワセリンでぬらついているだろう彼の陰茎を想像する。十分すぎるほど準備をしたおかげで、流血や吐き気はなかった。
 太いものを咥え込む。
 吐き出して、また挿れる。
 前者では快感を催すが、後者はやはり苦しかった――そうだ、慣れるはずがない。初めてなのだから。
 ひくつく後孔が悲鳴を上げている。肉と肉が擦れ合い、その違和に筋が反射を示す。ぎゅうぎゅうと無意識に締め付ける度、アンソニーの形や硬さがよく分かった。そして同時に聞こえてくる、息を呑む音。落ち着き無く繰り返される湿った呼吸。

 痛くはない、けれど、
 意識が、飛びそうだ。

「ねえ、気持ちいい?」
 熱されていた脳が今はふわふわと浮ついていて、今が現実なのか夢なのか、上手く把握できない。
「オレは、気持ちいいよ。カトー、ねえ、カトー」
 苦しみも快感も薄くなって、ただ、目の前にアンソニーがいる。腕に力を入れて引き寄せれば、簡単に口付けができた。俺が仕掛けた遊びのようなバードキス。舌を絡めてきたのは彼からだった。口内から粘着質な音が鳴り、口の端から二人分の唾液が溢れて落ちる。
 俺の膝裏を抱え上げ挿入したままディープキスをする彼。彼の首を抱いて呼吸と唾液と声を奪う俺。
 なあ、セックスってこんなものなのかな。俺が想像していたのは、甘い睦言を囁き合ったり、理性が飛ぶほどの快感だったり、もっとスマートなものだった。けれどアンソニーは泣いているし、俺は快感をほとんど覚えていないし、腹の中を洗ったり潤滑油で何分も解されたりと前準備が大変だった。
 ああ、でも、このゼロ距離は良い。
 隙間無く密着して、上も下もぐちゃぐちゃ五月蝿くて、美しいとは言い難い光景だろう、けれど。
 ――そんなこと、気にするものか。
「アンソニー」
 律動が速まっている。肛門の感覚が麻痺するような、麻酔を打たれたような無感覚。ただ、アンソニーが快感を得ていると分かると嬉しくなる。雲のように霧のように霞みゆく意識の中でも、胸から湧き出る温かな幸福は理解できた。

 なあ、気持ちいいか?
 俺とセックスをして、お前は満たされたか?

 言葉を発することができたら尋ねていただろう疑問。しかしこの口はキスに使われていて、そんな瑣末なことを訊く為だけに外す気にはなれなかった。
 でも、少なくとも、アンソニーの身体は満足しているのだろう。
「あ、っ」
 慌てた調子の声と共に、後孔に熱い液体が注ぎ込まれる。小さな違和に肩が跳ねる。
「ごっ、ごめん、出ちゃった」
 涙の跡をつけたアンソニーが、いつもの顔で自らの失態を笑う。なんだ、ミスショットじゃないか。そう言ってやりたかったが、疲労からくる眠気が全身を覆って反抗できそうにない。中のものは掻き出さないと腹痛を起こすんだったか。だったら早く終わらせて眠ってしまいたい。いや、その前に腰は立つだろうか。相手は若い男で体力が有り余ってる。それが俺みたいな年寄りに好き勝手やって、俺の身体のネジがひとつふたつ飛んじまっててもおかしくはないだろう。
 ああ、もう、いい。全部アンソニーのせいにしてしまおう。
 懸命に話しかけてくる声があったが、俺はそれを無視して目を閉じた。
 睡魔はすぐに俺を掻き抱いてくれた。


 ――意識を手放そうという頃、指に指を絡められたような気が、した。





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うちのアンソニー×カトー設定(アトラスメモにちょこちょこ書いてます)
カトー
・気管支がちょっと弱めで激しすぎる運動をすると空咳以上喘息未満な咳をする
・苛ついて口が悪くなるときの台詞と照れ隠しの台詞の判別がちょっと難しい
・アンソニーとのお付き合いについては多少の葛藤はあったがふっ切れた様子
・えっちの際は前準備として自分で腸内洗浄したり色々準備したりと苦労が絶えない
・何だかんだ言ってアンソニーが好き
(別口でアーサー×カトーのネタもあります。このネタと地続きな感じです)

アンソニー
・体力有り余ってる英国(変態)紳士の金持ち家系の三男あたり
・頭脳と年齢以外はカトーより上。筋力とか体力とか精力とか勢いとか
・犬属性
・カトーとのお付き合いに関しては誠実
・が、思慮が足りなくてカトーに無理させて気管支ゲホゲホさせちゃってショボーンとすることも
・正直カトーと結婚したい
(アーサー×カトーネタとの絡みでアーサーに脅しをかけられるアンソニーネタとかもあったり)

ちょっと新CPすぎるかなあ……と自分でも思っていますが「これもこれで良いんじゃないかな!」という心の広い方が居ましたらこれからもお付き合い頂けたらと思います。
余談ですが、アンカトは純愛路線です。腸内洗浄とか言ってても純愛です(持論)
あとタイトルのわたし死んでも〜は有名な文豪がI LOVE YOUを訳したときの有名な文です

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10/04/05