うしろの天然爆弾

 最前線に立つ者は危機状態に反応して自動的に精力旺盛になる。そんな薀蓄を漏らしたのはヒトナリだった。
「まあ、分からないでもないな」
 今まで何度も危ない橋を渡ってきたヒメネスはそれに同意する。
 精力とは生への渇望そのものだ。戦場で噴出しないはずがない。特に、現状のように絶望的な状況ならば。
 だが、とヒメネスは思う。戦場でなくとも欲をそそられる相手が居るのも事実だ。
 ……例えば、隣に座っている色白の隊長代理とか。
「今だって欲情してるかもしれないぜ」
「誰に」
「俺がお前に、だ」
 ヒメネスだから許されるだろう、本音か嘘か分からない言葉。混ざった笑みは自嘲のそれだ。その発言を聞いたからか、はたまた別のものが琴線に触れたのか、ヒトナリの眉尻がくいっと下がった。大方「筋肉質の兵士に欲情するほど相手に飢えているのか」と捉えられたのだろう。
 本当、鈍感にも程がある。
「そんなに溜まっているのか、ヒメネス」
 下世話な話をしているのに、顔は真面目なのだからちぐはぐだ。会話の流れも変な方向に流れてきている。
「そりゃ溜まってるなあ。探索して寝て起きてまた探索なんて生活だろう、隙がねえ。それに体力と時間がなけりゃ何もできやしない」
「だが、今は時間があるな」
 ヒトナリは考えるように目を伏せ、数秒のうちに口を開いた。
「手伝うか?」
「…………はぁ?」
 なにをどうしてそんな結論に辿り着いたのだ、この朴訥そうな隊長代理は。
 同僚の性欲処理に協力する、なんて。その欲に付き合おうとする奴のほうがおかしいだろう。ヒトナリも顔に出ないだけで疲れているのだろうか。過労で脳が回路の繋ぎを間違えているのかもしれない。
 そう思いはしたものの、ヒメネスはあえて口にはしなかった。
 妙ななりゆきになってしまったが、この好機を逃そうなど微塵も考えない。


 ……これ以上ヒトナリにリードさせるとろくなことにならなさそうだ。
 あまりの手際の悪さにヒメネスがセルフで用意を整え始めると、ヒトナリはすまなそうな顔をした。
 曰く、ヒトナリは他人と肉体関係を持ったことがない。他人の欲求に今までノータッチだったのだ。不慣れなのも頷ける。
「俺は何をすればいい」
 真っ先に名乗りを上げておいて今更迷っているのだろうか。仲良くしている相手とはいえ、いい年でオナニー手伝いをする異常性に気付いたとしたのなら遅すぎだ。ヒメネスにフォローする気は全くない。
「……教えてくれ」
 後ろから聞こえてくる声に懇願の色が混じる。互いが互いに背を向ける形で準備を行っていたせいか、聞き逃しそうな音量だった。
 この男に何かを教える。その事実自体が脳髄が痺れるような恍惚だ。
 悪魔相手に引けを取らず、あの魔窟からヒメネスを助けた勇敢な男に未だ教えることがあるなんて。
「指示を」
 今度は明瞭な声音だ。こんなときにすら軍人然とした態度が抜けないのがヒトナリらしい。
 しかし指示といわれても、なかなか思い付かないものだ。そもそもヒメネスはヒトナリに何をしてほしいのか、具体的に考えたことがなかった。考える必要がないと思っていた。
「腰からこう、腕を回してくれるか?」
 後ろから抱きつかれるような格好をリクエストすると、脇の間から白い腕がするりと伸びてくる。いつもならデモニカをきっちり着込んでいるのに、今は室内着をわざわざ捲って肌を露出させていた。常なら目にすることすら稀な生腕に、興奮が高まるのも仕方のない話だ。
 掌は軍人のそれなのに、肌色は女のようだ。ヒメネスのと比べると一層際立つ雪のような白。でも今は手伝いをするだけの手。どこに置くべきか迷って、うろうろさせた挙句ヒメネスの服を掴んでいる手。まだ何もするつもりはないらしい。指示されていないのだから当然か。
「嫌になったらやめていいからな。我慢するなよ」
 白い手首を掴んで、後ろの主に最後通告を突きつける。ああ、イエスの声が返ってきたのでヒメネスは迷いなく手を導いた。
「っ」
 ヒメネスの雄に触れただけで背後から息を呑んだらしい振動が伝わる。随分冷たい手だと、ヒメネスは別のことを考えていた。我慢と視覚的刺激で育った雄はどす黒く熱い。自分でもグロテスクだと思うソレに、背後から届く白い指が絡みついた。
 ヒトナリを背後に置いてブツを見なくてもいいようにしたのは、ヒメネスなりの気遣いだった。だがそれも今や逆効果である。背後からの刺激。それはヒトナリの驚愕であったり、唾を呑む喉の動きだったり、手を動かすときの脇腹への接触だったりする。
 そして何よりクるのは、首筋近くに掛かる息だ。肩に置かれた額と時折耳元に届く微かな声だ。

「大きい」

 言葉として聞き取れたのはこれだけで、後は吐息交じりで形を成していなかった。
 手淫の手腕は及第点ギリギリだったが、今回はコッチのオプションで点数を稼がれた。好意を抱いている相手の手淫を受けた時点で吐精しないはずがないのだ。ヒメネスは健常な若者なのだから。
「そろそろ、手、外せ」
 限界が近くなってきたからと促すが、未だ指が絡み付いてくる。
「どうして」
「てめっ、男なら分かるだ……っ!」
 破裂しそうに膨張した男根を白い指が引っ掻く。その刺激が決定打となって、ヒメネスの抑止も空しく熱は開放された。
 断続的に吐き出される多量の精液を浴びせかけられた指は汚れきってべたべただ。拭くよりも洗いに行ったほうが早いだろう。
 肩で息をしながら、ヒメネスは今までにない刺激的なプレイに満足していた。自分でやるよりずっと気持ちいい。惜しむらくは、その相手の顔が見えなかったこと。それが未練だ。
「……手、洗ってくる」
「おう」
 汚れきった両手を手持ち無沙汰に持ち上げて、備え付けのシャワールームに向かおうとする背中。常より少しばかり丸まった背に、ヒメネスは悪戯を思い付いた。
「お返し、帰ってきたらやってやるからな!」
 瞬間、その背がびくっと跳ね上がる。それに声は出さずに笑い、さてあいつに何をしてやろうかと思索に耽った。
 他人との行為を知らないのなら、舐められる気持ちよさを教えてもいいだろう。それとも前を擦りながら性感帯でも探してやろうか。何をしても見たことのない反応を返しそうで、それが楽しみでならない。

 シャワーの音はごく小さく、手を洗うための最小限しか使われていないのが分かる。
 早く戻って来い。声には出さず、ヒメネスは笑みを深くした。


ヒメ主二人羽織プレイ。二人は同室にしてみました
09/11/10