バッドステータス

CASE:03 CLOSE

 セクターを探索していると、前方の道で何かが猛烈な速さで駆け抜ける音がした。
 素早く銃を構えつつ道に入ると、白腕のデモニカがアスリートの如きスピードで走り回っている
 あまりに素っ頓狂な光景に言葉を無くした。
 ……何してんだ、ヒトナリの奴。
 あいつはまた悪魔から何かを頼まれたのか。それにしてはバタバタとした動きで、まるでスーツの中に氷でも落とされたような暴れようだ。
 俺は面倒事に頭を突っ込みたくない。だから観察するだけで声は掛けなかった。
 ヒトナリの周囲に浮いていた悪魔達はヒトナリの掃射で次々に消えていく。あの様子だと、恐らく敵味方問わず。
 叫び声が聞こえないのが不思議なほどの乱射。マシンガンから発射される特殊弾が悪魔を射抜く。着弾した瞬間に燃え上がる悪魔は、最後にヒトナリに人差し指を向けて何事か呟いた。瞬間、ヒトナリの恐慌は嘘のように収まった。不思議そうに周囲を見回し、OSにインストールされたプログラムを確認する。きちんと理に沿った行動をしているのを確認してから、俺はヒトナリに近付いていった。
「パトラストーン、要るか?」
 いつもより少し丸まった背中に冗談をぶつけるが、ヒトナリはうんともすんとも言わない。その代わり、煙草を探すようにポケットをぱんぱんと延々叩いていた。それより俺は発言を完璧に無視されてカチンときていた。一方的かもしれないが友情の念を抱いている相手に知らない振りをされれば誰だって腹が立つだろう。
 俺も良い大人だが、幾つになってもムカつくものはムカつく。
「おーい、耳に何か詰めてんのかよおいヒトナリ!」
 至近距離から大声を上げてやると、ヒトナリは軽く左手を上げた。聞こえている、というアクションなのだろう。だがどうして口で言わないんだ。近くに悪魔も居ないようだし、探索中の会話は情報交換にもなる。合理的手段を好むヒトナリならハンドシグナルなんて回りくどい手を使わないはずだ。よっぽどのことがない限り。
 俺はその“よっぽどのこと”に心当たりがあった。悪魔と戦う機動班ならすぐに分かることだ。
「さてヒトナリ、ここにディスクローズがある」
 どうせこれを使えばすぐ治る。
 だから……ちょっとだけ、この堅物で遊ぼうか。
「お前がコレを持ってないなら俺のを譲ってやってもいい。ただ条件がある……リリムのモノマネをしろ!」
 ヒトナリの喉が引きつる音が聞こえた。多分吃驚したのだろう。もちろんそれが俺の狙いだ。一度でも俺を無視したのだからちょっとぐらい報復させろってんだ。
 だが俺もモノマネ自体に期待はしていなかった。もし喋れたなら「リリムです」の一言で終わらせようとする面白みのない性分がヒトナリなのだから。
 ……だが、ほんの少しだけ期待していた。なにせこいつは一言も喋れないのだから。
 ヒトナリはしばらく考える素振りをして、思い付いたように俺に向き直った。そして俺の胸に軽く飛び込んできて、密着したまま俺を見上げて唇に人差し指を当てる。
 なるほど。これはリリムがよくやる魅了ポーズだ。
 だが、だがだが、しかし。
「お前、どうしてデモニカ被ったままそれをやろうと思ったんだよ……」
 せめて俺のように顔が確認できるようにしておけばもっと面白かったのに。それにな魅了は表情が大事なんだよ俺はデモニカにときめく人種じゃねえんだからなそれにお前がやったら二重のギャグにしかならないっての。
 でも約束だから、俺はヒトナリにディスクローズを譲った。ヒトナリはそれをすぐに使わないで、持ったまま再び探索に戻っていく。あいつの進む方向にはターミナルがあったはずだから、そっちに向かったのかもしれないが。

 リリムの真似をしたとき、ヒトナリはどんな顔をしていたのだろう。
 あのとき顔を見せるように条件を追加しなかった自分を呪ってやりたい。